結婚記念日

両親のね。

 

53回目の結婚記念日です。

 

私は両親が結婚した翌年に生まれたので娘も今年で52だよ、、

アンビリーバボー。

 

 

思えば私の両親が結婚した1970年代前半って

花嫁さん像がしっかりあって

みんながそれを幸せだと思える環境があったある意味とても良い時代だったと思っています。

 

今は多様性とかコンプライアンスとか

とにかく個人個人の権利が最優先で

人生はどう生きても良い。

自分らしく。

正解はない。

 

これが主流になっています。

 

これはこれでとても良いと思うのです。

 

例えば学校にどうしても馴染めない場合

他にも居場所を見つける事ができたり、勉強以外の好きなことを見つけたり

選択肢が広がった分生きやすくなる人も多いでしょう。

 

ただ、昭和に生まれ

同世代の人数が多く節目節目で超競争社会に巻き込まれ

設定された正解に向かって一丸となって突き進んでいた私たちは

 

急に正解がない、自分らしくと言われても

実は戸惑う人も多いのでは?と思うのです。

 

時代による洗脳とでもいうのかな、、

 

もちろん同世代でも昔から個性を大切にして自分らしく生きてきた人もいます。

でもきっと少数派で当時は生きづらさを感じたりしていたかもしれません。

 

 

私はどちらかというと個性は無く

みんなに紛れてみんなと同じように振る舞うことで安心感を得ているような子供だったので

 

誰よりも時代に洗脳されていたと言えます。

 

ところが私が中学生になった頃から

 

男女雇用機会均等法ができ、

親の世代から見れば女の子も仕事をもって社会で活躍できる素敵な時代になったわけです。

 

特に私の母の世代などは

結婚と仕事を天秤にかけるなんて概念がない時代、、(と、母は思っていたらしい)

 

女の子は結婚によって仕事を辞めるのが当たり前

仕事を辞めてから結婚するまでに「花嫁修行」とか言って

家事全般、お茶、お華などの習い事に勤しみ家庭に入り

子供を産み育てるという

 

いわゆる女性の生き方の大正解が用意されていたので

 

母になんで結婚したの?と聞くと

何の疑問も特になく結婚したわよねえ。。という答えが返ってきたものでした。

 

しかしそんな母も

心の中では正解に疑問を持っていたのか

 

自分の子供(私と妹)にはことあるごとに

「自分で生きていけるように手に職をつけなさいよ。」と言っていたのでした。

 

そんなわけで私は時代の流れと母による

「手に職を、、」という呪文のような教えによって

 

個性も野心もそんなにないのに

とりあえず勉強して大学に進学、、

 

しかしながら大学に入るのが目標みたいなところがあったため

卒業するのが精一杯という残念な結果になり

 

そこに就職超氷河期が重なって

今に至ります。。

 

50歳を過ぎなんとなくこの先の人生が読めるようになってきて

 

母が当時「なんとなく結婚してなんとなく子供を産んだ」と言っていたことに対して

あんなに「つまらない人生。私たちのためにいろんなものを犠牲にしているのでは?」

と密かに思っていた私は

 

今度は密かに羨ましく思っているのでした。

 

敷かれたレールを進むのが得意な人もいるし

選択肢が少ない方が生きやすい人もいる(私はきっとこのタイプ)

 

でも母は子供に

自分のできなかった「自立」というか「自由に選択する」という生き方を託したかったんでしょう。

 

とにかく

今日で結婚53年を迎えた母は

 

結果幸せと言えるんじゃないの?と思う娘なのでした。

 

 

結婚生活を継続し二人の子供を育て上げた両親には尊敬しかないのであります。

結婚記念日おめでとう。

 

 

 

インスタのフォロワーさんが3万人を超えました。

というおめでとう🎊も

便乗させてもろて。。

 

 

 

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